残骸

映えない人生

こんなに近くにいるのに

 

私の職場は受付・お会計の業務ができる人が私しかいない。他のスタッフは少しだけ離れた部屋で検査をしてるのだけど、そうなると何が問題か。それはそう、おトイレである。

 

声を掛ければ少しの間、看護師さんに受付にいてもらうことはできる。が、忙しい場合は別だ。私のおトイレの為に検査を滞らせるわけには…という気持ちになり、「あの、ちょっとトイレ行きたいんですけど」とは口が裂けても言えない。お前がトイレ行ってる間に検査回せるんだよと思われたらしんどい。

既存の患者さんであれば自動受付機があるので、それで勝手に受付番号を取ってもらえれば済む話なのだが新規の患者さんはそういうわけにはいかない。問診票を書いてもらい、その後に入力や診察券の登録などがあり、受付番号を取らねばならないのだ。新規の患者さんがいつ来るかもわからないので、私はなかなか席を立てずに催している尿意に気づかぬフリをして何時間もやり過ごすことも屡々。膀胱炎になったら必ず会社を訴える。

最悪なのは本当に限界が近い時の新規の患者さん対応。問診票を渡し、書いてもらったらまた受付に持ってきてもらう流れだが、書くのが死ぬほど遅い人がたまにいる。問診票に職務歴でも書いてるのかと思うほど長い。私の尿意をよそに、下の方にある「何か他に記入しておきたいことがあればどうぞ」的な欄を一生懸命埋めてくる。しかも9割「別に今じゃない」という内容。検査項目は中で聞いているのでここで書く必要は全くない。それよりもあなたがすべきことはさっさと個人情報を書いて私をおトイレに導くこと。そんなことを思いながらしらっとした顔で待っている時の私はベストオブポーカーフェイス。スーパー受付ともなるとポーカーフェイスもお手の物である。ただし心はどんどん殺伐としてゆく。そんな時にくだらない質問を投げかけられるとうっかりキレそうになってしまう。尿意は人をダメにする。

 

検査側に声も掛けられず、かと言ってあと何時間もあるこの戦場で闘い続けるのは不可能……

そこでどうしてもという時はあの手を使う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダッシュだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんのひねりもない。ただただ、急いで行って急いで出す。それだけ。

これを私は自分の中で勝手におトイレチャンスと呼んでいる。幸い、私とおトイレはドア一枚隔てているだけの関係で、引き戸を開ければ目の前はおトイレという状態なのである。だからこそ、いつでも意識してしまって尿意を催している気がしないでもないがこれだけは救い。

人がいなくなった瞬間を見計らって素早く駆け出す。 今日は「今だ!」という時に社内携帯が元気良く私を呼び出し、本当に一瞬、トイレのお供にしようかとすら思った。おのれ畜生!!!!!という気持ちからだったが、さすがに会社の人間に私の放尿音を聞かせるわけにはいかない。とんだ音姫だ。

 

 

だがどうしても私がもう引き返せないタイミングで新規の患者さんが来てしまうこともある。(人が入って来ると音が鳴るのですぐにわかる)

しかしどうしてだろう、行く前は「来ないタイミングを見計らって…」などと様子を伺いながらビクビクしているのに、もう便座に腰掛けた時点で全てを諦めてしまうのは。「待たせておけ」という以外の感情を失くす。あんなにも気を遣っていたはずなのに。私の尿意の方が圧倒的に優先度が高く、「私の尿意に服従しなさい」と言わんばかりに横暴な気持ちになる。尿意は人をダメにする。

 

そんなわけで、新規の患者さんを待たせてしまった時は「ごめんなさいね〜〜」と地元の駄菓子屋のおばあちゃんばりの登場をキメるのであった。

 

 

 

 

 

 

この職場にいる限り、俺たちの戦いはまだまだ続くー…

 

 

佐藤先生の次回作にご期待ください。