残骸

映えない人生

ミート アゲイン

 

今まで黙っていた事がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は殺し屋だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

受付というのは仮の姿、表向きの私であり、本業は殺し屋なのだ。しかし通年仕事があるわけではない。主に夏場しかこの仕事はしない。…前回の記事(灼熱ホームは回避できない - 残骸)とやや矛盾が生じていると感じるかもしれないがまあ読み進めてくれ。

 

何故夏限定なのかと言うと、ターゲットはこの時期にしか姿を表さないのだ。しかも 〝奴〟もこちらを攻撃してくる。同業者と言えば同業者なのかもしれない。

 

 

このところ、私は〝奴〟に攻撃されっぱなしであった。一番危険なスポットは我が家のマンションの駐輪場だ。奴は生き血をすすってやろうと腹を空かせて待ち構えている。だから私は鍵を取り出す際も立ち止まらず、なるべく身体を動かす。無駄に足をバタつかせたりする事で、「お前の好きにはさせない」というアピールをするのだ。そうして奴の黒い影をいつでも見逃さない。これぞプロの仕事。華麗な身のこなしにより、私はサッと家に入る。

 

 

 

だが、おかしい。

 

 

 

 

家に入った後、私は自分の腕や足に痒みを感じていた。案の定、私の皮膚はプクッと赤く腫れあがっている。しかも刺された部位はプロの犯行とは言えないものであった。私の体の中でも、「いやあそこではないだろう」という箇所。というのも、その場所は手首に近い部分であったり足首の付近だったりと、完全に私に命を狙われる事にビビリ散らかして美味しくはないが妥協で選んだような部位だったのだ。そんな奴に、私はまんまと貪られたのだ。ちくしょう、やられた…!軽く舌打ちをした。

 

しかし私が奴の立場であれば、確実にA5ランクの希少部位を狙いにいく。己の命を引き換えにしても、私は美味しいもので腹を満たしたい。手首や足首など、お前にはプライドはないのかと問いたくなる。

狙うのであれば太もも、二の腕、お尻あたりだろう。牛で言えばざぶとん、ヒレ、イチボあたりで、鶏だとすればもも、ぼんじりあたりだ。これぞプロの犯行。

 

 

 

 

しかし安全なはずの部屋の中で言いようのない違和感を覚えていた。この部屋、本当に今「私一人」だろうか?

 

……悪寒がする。

 

まさか…と思い、辺りを見回すが、特に気配は感じない。私の思い過ごしか…… 雑魚にやられてしまったことで少し神経質になっていたようだ…疲れているな……と 視線を落とした、その時

 

 

 

 

私の視界に黒い影が入ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー〝奴〟だ…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は声を抑え、感情を殺す。

一流の殺し屋に、感情は不要。

 

オーバーな動きをしては相手にこちらの存在を察知されるかもしれない。なるべく気配を消す。日本では銃を持つことは許されていない。奴と戦う術は 素手 という武器しかないのだ。奴の黒い体が白い壁との対比でくっきりと浮かび上がる。慌ててはいけない。だが、のろのろしていてもこの千載一遇のチャンスを逃してしまう。私は静かに右手を振りかざす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

壁に追いやる形で、バン!という音を立てながら私は奴を仕留めた。パンパンに膨れていた腹だったのだろう、私はその瞬間思い切り返り血を浴びた。まあ殺し屋にはよくある事だ。さして動揺もしない。一流の殺し屋は、感情を殺せるからだ。

 

私は蛇口に向かう。

何も感じなくなった心で血で汚れた手を洗い、今年の仕事も大詰めを迎えたことに安堵した。つい、やれやれ と溜息が溢れてしまう。

 

さて、明日からはまた受付に戻る。

来年の夏まで殺し屋は休業だ。